打ち上げ花火

『よォ、今年も来てくれたんかチビ助やァ。』



「せやで!今年もじっちゃんの花火ば見に来たんやでっ!」



俺ァ人間らしく生きられァそれでえぇんや



「やっぱ花火わァ、打ち上がった瞬間が最高やなァ…このどーんって音!!」



『そうかァ?俺ァ花火の後の静けさも好きやで。』


「そういうもんかい?」


『そういうもんやで』



これァ俺が村ば出てからの話や。
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ヒュー…ドンッ、そんな音が鳴り響く夜空の下。

「…あかん、もう始まっとるやん!」

草むらを掻き分けて出てきた、紫色の長い髪をした幼い鬼の少年。

瞳には空に咲く花が写っていた。



俺ァ今年も花火ば見に人里さ、降りる。

村から出て少し経ってからや。一人で暮らしとった。

「…よっ、」

ぐっと念を込めて顔を覆った手ば離す。

ツノさついたお面が顔から外れた。

まだ10歳って幼かし、年寄りみたいな妖力は持っとらん。

精霊の力さん借りてから、ツノを隠すってことだけで精一杯だったんや。

下駄なんてなかけん裸足で地面を駆けるんや。

「じっちゃん〜!!」

大した妖力もない鬼のガキのくせ、花火ば好いとるんなんて、

鬼らしくねェさ、笑われるかんしれん。

『よォ、今年も来てくれたんかチビ助やァ。』

人らしく、ここに来られるんなら、

よっぽどその方がえぇ。

「せやで!今年もじっちゃんの花火ば見に来たんやでっ!」

俺ァ、弟ば置いて村ば出た。

生贄なんて嘘だったんや。俺ァ森の中で目ば覚ました。

俺が起きた所さん近くは白骨化した死体がいくつかあったんや。

多分餓死だろうな、森のど真ん中や。そりゃ死んじまう。

でも俺には精霊が憑いとった。

そいつらが助けてくれたんや。

だから今は山ん中で一人で暮らしてる。

人里は鬼が行ったらどうなるかわかったこっちゃないやろ?

だから今も隠してるんや。


「やっぱ花火わァ、打ち上がった瞬間が最高やなァ…このどーんって音!!」


『そうかァ?俺ァ花火の後の静けさも好きやで。』


「そういうもんかい?」


『そういうもんやで』

俺はおっちゃんに肩車ばしてもらって

花火を見るのが好きだったんや。

一人で見るんなら降りては来ないで?そしたら家からでも見えるかんな。

「俺、そろそろ帰るで!」

『せかせか、山にゃ、鬼が出るっつゥ噂や。

気ィつけて帰れよ〜!』

「はぁ〜、今年の花火も最高やったなぁ〜、

火薬の匂いも、祭りの雰囲気も、

空に広がる光も、じっちゃんの誇らしそうな顔も、

ぜーんぶ大好きやで!!

あ〜、来年が待ち遠し……」

__山にゃ、鬼が出るっつゥ噂や。気ィつけて帰れよ〜!__

「…知ってるさ、そんなこつ…」

家に帰ると、寂しくなるのはなんでや。

いつもの家だろうが。

精霊いるだろうが。

………一人が辛いことにまで気づかされるんや、

綺麗な花火は大好きや。

でも、花火の後の静けさの良さにはまだ俺にゃぁわからんかった。

「今年の花火も見にきたでじっちゃん!!」

「久しぶりやなじっちゃんっ!」

「じっちゃんっ!」

それでも俺ァ花火を毎年見に行った。

花火が好きやから。

光に集まる虫みてぇに、

どうしたって、焦がれたって、仕方ないんや。


「今年で…工房を畳むって…?

なんでそんな………」

とある年、俺もでかくなった頃だ。

じっちゃんが今年で工房ば畳むって言い出したんや。

『俺ももう歳でなァ……、

独り身で後継ぎもおらへん……。

潮時って奴や。』

「……そう…かい、なら来年は…」

もう、じっちゃんの花火ば見れんごつなる、そう思っちゃ

悲しくなっちまった。


『………なァチビ助よォ、

お前が工房ば継がねぇか?』

「えっ………?」

『…流石に一線からは引くが、

弟子の一人や二人育てられんほど老いぼれちゃあおらん。』

「……っでも……、

…でも、俺…本当は…」

頭についてるお面を触れて言おうとした。

…自分が鬼だってことを。

『はァ………お前ェが

人だろうが、山さ鬼っ子だろうが関係ェねェ。』

「なっ……知って…?!」

驚いたんや。知らんはずなのに知ってることに。

まぁ、今思えやそりゃ変に思うよな。

不気味なお面つけて一人で毎年来るなんてな。

『あーあー、細けェ事はえぇんや。

花火が好き  それでえぇんやないか?』

じっちゃんのその言葉は、輝いて見えた。

…鬼らしくないことを認めてくれるじっちゃんが。

「………はい!…よろしくお願いします…!」

それから数回目の夏に、じっちゃんはあっさり逝っちまった。

それと、俺が人里で暮らすようになった時、

あの面は箱に入れて布に包んで、戸棚の奥に押し込んでおいた。

随分後になって、最近戸棚に片付けとる時に出てきた。
だから開けてみたんだが、入ってたはずの面は無くなってて、空だった。

「…じっちゃん…、わざわざあんなもん

一緒に持ってかんでも別によかったっちか…、ありがとな。」

あれから数年経った今、俺は花火師になった。





「…じっちゃん、俺、花火の後の静けさも好きになったで。」

夜空に咲く花を見ながら、叫んだ。


来栖 葉月 過去編『打ち上げ花火』 END

  • 最終更新:2019-02-15 21:44:16

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